ログイン次の日。
昨夜ほどではなかったが、雨はまだ降り続いていた 駿は学校に着くと果奈からLINEが来ている事に気づく。◆◆◆ 画面には――。『ごめんね』『昼休み用事が出来て一緒にお昼食べられない』 少しだけ残念に思う。 最近は昼休みを一緒に過ごすことが当たり前になっていて、だからこそ、その時間が無くなるだけで寂しく感じる。 けれど用事があるなら仕方ないと、心に言い聞かせた。『分かった』 そう返信するが、胸の奥に小さな物足りなさだけが残った。 昼休み。 本来なら倉庫裏へ向かう時間だった。 だけど、今日は違う。 一人で過ごすのもなんだし、直己と昼休みを共に過ごすことにする。「直己、今日一緒に昼食べない?」「良いけど、今日は大丈夫なの大会会場へ到着すると、果奈は荷物を自分の席へ置き、先輩と一緒にウォーミングアップを始めた。◆◆◆ 県大会へ駒を進めたのは、私と先輩の二人だけで、他の部員たちは学校でいつもどおり練習に励んでいる。 ウォーミングアップを終え、開会式が始まる。 県内各校の選手たちが一堂に集まり、会場は独特の緊張感に包まれていた。 開会式が終わると、間を置かずにトーナメント戦が開始する。 試合順が遅く、ただ座って待っているだけだと緊張ばかりが膨らんでしまう。(身体を動かそう) そう決めて、体育館の周りをゆっくりと走り始める。 一定のリズムで足を運ぶ。 呼吸を整えながら走っていると、少しだけ気持ちも落ち着いてきた。 その途中、ふと観客席へ視線が向く。「……」 無意識に視線が人混みを追ってしまう。 もしも、なんてことはない。 そう分かっているのに、小さな期待だけがどこかに残っていた。 その時、名前を呼ぶアナウンスが体育館へ響く。「――早川果奈選手」 小さく息を吸い、表情を引き締めた。(よし) 迷いを振り払うようにコートへ向かう。 初戦。 立ち上がりは思うように身体が動かず、苦しい展開が続いたけど、中盤から少しずつリズムを取り戻し、得意のラリーへ持ち込み、相手を左右へ揺さぶる。 一点。 また一点。 積み重ねるごとに身体も心も軽くなっていき、そのまま流れを渡すことなく初戦を勝ち切った。 勝利報告した後、観客席に戻る時も誰かを探すように辺りを見渡しながら戻った。 その後。 接戦の末に二回戦を突破し、地方大会出場まで後一歩へと迫り、三回戦に向けて準備をしていた。 そんな最中、
その日の夜。 自室で駿は、ベッドに腰掛けながら果奈と電話をしていた。◆◆◆「明日、果奈の県大会だったね。俺も部活をサボってでも見に行きたかったけど、大会を近くに控えてるから、さすがに行けないな」 すると電話の向こうから、少し強めの声が返ってくる。「もし、部活サボって大会見に行きたら、駿と別れるよ」「えぇっ!?」 思わず大きな声が出た。「そこまで言う?」 果奈は小さく笑う。「言うよ。駿が今までどれだけ頑張ってきたか知ってるし、そんな努力を自分から無駄にするようなことだけはしてほしくない」 その声は優しく、怒っているわけでも、意地悪を言っているわけでもない。 俺の夢を大切に思っているからこその言葉だった。 その気持ちが伝わってきて、自然と笑みが溢れる。「……分かった。ちゃんと部活に行くよ。」「うん、その代わりじゃないけど、ちゃんと守ったら、駿の大会、応援しに行くから」「本当に!?」 嬉しさのあまり、小さくガッツポーズを作ってしまう。 本当は来週、自分から誘おうと思っていたからこそ、果奈の方からそう言ってくれたことが何より嬉しかった。「駿がちゃんと守ったらの話だからね。あと、行けるとしたら、土曜日かな」「分かった。果奈が来るなら、もっと練習頑張るよ」 電話の向こうで、くすっと笑う声が聞こえる。「私関係なしに頑張りなさい」「はい……」「ちょっと早いけど、明日大会あるし、もう寝るね」「分かった。大会頑張って」「うん、おやすみ」「おやすみ」 通話が切れ、静かになった部屋で、スマホの画面だけが淡く光っていた。 そして、ベッドへ倒れ込むように横になる。(果奈が応援に来てくれる。)
駿が部活をしている間、美生は結と共に買い物に出掛けていた。 ◆◆◆ 休日の館内は多くの家族連れや学生で賑わい、楽しそうな笑い声があちこちから聞こえてくる。 そんな穏やかな空気の中、肩を並べながら洋服店へ足を運んでいた。「美生姉さん、この服似合ってます?」 結ちゃんは一着のブラウスを胸元に合わせながら、小さく首を傾げる。「うん、似合っているよ。でも、私はこっちの方が結ちゃんに似合っていると思う」 ラックから淡い色合いのブラウスを取り出して差し出す。 結ちゃんは受け取ると鏡の前へ立ち、二着を見比べ始める。「確かに、美生姉さんが選んでくれた方が柄も可愛いし、私にも似合ってる気がします」「じゃあ、それにする?」「はい!」 迷いなく頷く結ちゃんを見て、こっちまで自然と笑顔になる。 こうして一緒に買い物へ来ることも、今では当たり前になっていた。 昔は一方的に結ちゃんの面倒を見ることが多かったけど、今は違う。 洋服を選び合ったり。 他愛ない話で笑い合ったり。 本当の姉妹のような時間が、少しずつ増えていた。 服を買った後、近くにあるカフェに寄る。 窓際の席へ腰掛けると、店内にはコーヒーの香ばしい香りが広がっていた。 運ばれてきたアイスカフェオレを一口飲んだ結ちゃんは、目を丸くする。「このカフェオレ、凄く美味しいです」「気に入ってくれて良かった。私もたまにこのカフェオレが飲みたくて、このカフェに行くんだよね」「今度、友達にこのカフェ紹介しますね」 二人でそんな何気ない話をしながら、ゆっくりと時間を過ごしていく。 学校のこと。 最近流行っているお店のこと。 結ちゃんの友達の話。 どれも特別な話ではない。 そ
週末。 駿は来週の地区大会に向けての追い込み練習をしていた。 ◆◆◆ 初夏の日差しは容赦なくコートへ降り注ぎ、地面から立ち上る熱気が足元を包み込む。 そんな中、取り組んでいたのは、二人の相手を一人で受ける2対1ラリー。 大会を想定した、体力と判断力の両方を極限まで鍛えるメニューだった。「はぁ……はぁ……!」 額から流れ落ちる汗が視界へ入り込む。 それを拭う暇もなく、次のボールが飛んでくる。「もう一本お願いします」「分かった。行くよ」 大会に出場出来なかった先輩がそう言うと、ラインギリギリに向かってサーブを放つ。 それを返すと、別の先輩が逆側のラインに向かって返してくる。 やっとの思いでその球を取ったが、球はラインからオーバーしてしまう。「きっつ……」 左右へ振られ続けるたび、体力が削られていく。 それでも大会を勝ち抜くには、この程度で音を上げてはいられなかった。「浅村、交代」「分かりました」 返事をすると、ラケットを肩へ担ぎながら日陰へ移動し、スポーツドリンクを一気に喉へ流し込む。 冷たい水分が身体中へ染み渡っていく感覚に、ようやく少しだけ息が整った。 そこへ、同じく休憩へ入った祐希が歩み寄ってくる。「浅村先輩、お疲れ様です。ほんと、2対1ラリーきついですよね」「ガチできつい。左右の振られると、シャトルランをやってるみたいで疲れる……見た感じ、祐希は俺よりも対応出来てると思うけどな」「そんなことないですって、俺も返すの精一杯なんですよ」「まぁ、これも来週ある地区大会の為だからしょうがない。互いにベストを尽くそう」「はい」 祐希と共に再び照り返しの強いコートへ足を踏み入れた。 しば
次の日の昼休み。 駿は果奈といつものように、二人の時間を過ごしていた。 ◆◆◆ 初夏の風がゆるやかに吹き抜け、昼休みの校舎からは生徒たちの笑い声が遠く聞こえてくる。 そんな穏やかな昼だった。「三時間目の体育きつかった。グラウンド七周とか次の日、筋肉痛確定」 情けない声を漏らすと、果奈は小さく笑う。「私は男子と違ってサッカーだったから、全くきつくなかったし、どちらかと言えば楽しかったよ」「俺もサッカーの方が良かったな~」「近いうちに男子と女子で種目変わるんだから、もう少しの辛抱」「まぁ頑張るよ」 そんな何気ないやり取りが楽しかった。 けれど。 そこで会話が途切れる。 いつもなら、そこから自然に話題が広がっていく。 部活のこと。 クラスのこと。 昨日の出来事。 どちらかが何か話せば、もう一人が笑って返す。 それが二人の日常だったのに今日は違った。 静かな時間だけがゆっくり流れていく。(……あれ?) 違和感を覚え、視界の端で、果奈が時折こちらをちらりと見ていることに気付く。 何か言いたそうなのに、何も言わない。 視線が合うと、すぐ逸らしてしまう。 このまま昼休みが終わるのは嫌だったので、なんとか話題を探す。「そういえば、月末にあるテストに向けて勉強やってる?」「少しずつやってます」 その返事は短く、どこか拗ねているようにも聞こえた。「果奈、いつもと様子が違うけど何かあった?」「なんでもない!」 その声は明らかに不機嫌だった。「なんでもなくないじゃん、絶対に怒ってるでしょ」「別に、怒ってないって」 そう返しながらも、視線は一度もこちらへ向かない。 その横顔を見て、ますます分からなくなる。(え、本当に何だ?) 部活? クラス? 家で何かあった? 頭の中でいくつも理由を探すが、どれもしっくりこない。 また沈黙が落ちようとしたその時、昼休みの放送が始まった。「六月十二日、木曜日、今日の放送を開始します」 その放送を聞いた瞬間、一ヶ月前の景色が、一気によみがえった。 教室。 放課後。 震える声で伝えた告白。(……しまった) 今日がなんの日なのかようやく思い出したのと同時に、どうして今まで気付かなかったのかと、自分を責めたくなった。「今日は付き合い始めてから、一ヶ月だったね」「
その日の夜。 駿の家で夕食を終えた美生は、小さな弁当袋を手に抱えながら、夜道を歩いていた。 ◆◆◆ 住宅街は静かで、街灯がぽつりぽつりと道を照らし、夜風が頬を優しく撫でていく。 その穏やかな景色とは裏腹に、胸の中では一つの決意が静かに膨らんでいた。 (……今日、ちゃんと話そう) 何度も心の中で繰り返した言葉だった。 来年には高校三年生になり、進路を決める時期が近づいている。 もう、自分の夢から目を逸らしたくなかった。 少しだけ緊張しながら家へ帰る。 家に着くと、いつもは鍵がかかっている筈の玄関の鍵が空いていて、そのまま玄関に入り、茶の間に向かうと、そこにはお父さんが居た。 「お父さん、ただいま。今から夕飯準備するから、ちょっと待ってて」 「おかえり、お父さんも準備手伝うよ」 「お父さんは仕事で疲れてるんだから、休んでいて」 「分かった」 手際よく夕飯の支度をこなし、お父さんに料理を出す。 「美生、また料理の腕上げたね。生姜焼き凄く美味しい」 「ありがとう、夕飯の買い物の前にお父さんが帰って来るの知れたから、お父さんの大好きな生姜焼きにしたの」 「今のお父さんにとって一番の楽しみは美生の料理を食べることだよ」 「そんな褒めても何も出ないよ」 お父さんは笑った後、少しだけ表情を曇らせる。 「でも、仕事の関係とはいえ、帰ってくるのが遅い時間ばかりで、ごめんな」 申し訳なさそうに視線を落とすお父さんを見て、自然と言葉が出ていた。 「お
帰り道。 駿は告白が成功したことを実感できないまま、家に向かって歩いていた。 ◆◆◆ 果奈と途中まで一緒に帰っていたのだが、正直何を話したのか覚えてない。 それどころか、ついさっき告白が成功したという事実を、まだうまく受け止めきれずにいた。 夕暮れの街を歩きながらも、足元がどこか浮ついている。 通り過ぎる自転車の音も、信号機の電子音も、妙に遠かった。 頭の奥では、さっきの声が何度も繰り返されている。 ――「……いいよ」 あの小さな返事。 照れたような表情。 夕陽に染まった頬。 思い返すたび、胸の奥が熱くなるが、同時に、現実感が薄かった。 (……本当に、付き
「早川さん……俺と、付き合ってください」 放課後の教室には、もう二人しか残っていなかった。 今日は全ての部活がなく、窓の外では、下校する生徒たちの声が遠くに混ざり合っている。 けれど、その喧騒はガラス一枚隔てただけで別世界みたいに遠かった。 上野高校二年四組。 夕陽が斜めに差し込み、机の影を長く床へ伸ばしている。 オレンジ色に染まった教室の中で、浅村駿(あさむら・しゅん)の声だけが、不自然なくらいはっきり響いた。 ◆◆◆ 喉が熱い。 心臓がうるさい。 指先にはじっとり汗が滲んでいた。「……」 彼女、早川果奈(はやかわ・かな)は、一瞬だけ目を見開き、何かを隠すみた
果奈に流されるまま、駿は映画館へと向かった。 ◆◆◆ 映画館は休日ということもあり、様々な人たちで賑わっていた。 「私、観たい作品があるのだけどそれでもいい?」「いいけど、どんな作品?」「恋愛もの。ラスト泣けるって友達が言ってたから気になってたんだよね」「そうなんだ」 特に観たい作品も無かったし、一緒に見られればそれでいいと思い、この作品を観ることにする。 作品のタイトルは『失いたくない』。 主人公がヒロインへの告白から始まる恋。 想いが通じ合い、幸せな結末へ向かう筈だったが、ヒロインが通り魔に刺されてそのまま死んでしまう。 絶望していた主人公がヒロインの真実
週末。 午前中の部活を終え、駿は家に戻るとすぐシャワーを浴びた。 ◆◆◆ 髪を洗って、流して。 念のためもう一度首元にシャワーを当てる。 絶対に汗の匂いが残らないよう、念入りに身体を綺麗にする。 (気にしすぎだろ) そう思ったが、手は止められない。 今日は、果奈と二人きりで出かける。 考えるだけで、落ち着きを保てなくなっていた。 シャワーを終え、家にある姿鏡の前で服を広げる。 候補が何着も並んでおり、着てみては脱ぎ、鏡を見る。 しっくりくるやつもあったが、すぐに違う気がして、また着替え直す。「……何やってんだ、俺」 服選びがただの繰り返し作業へ